藤本美和子主宰の俳句
  
九月   柿の種   

子蟷螂湖に生れて湖のいろ
ルービックキューブを回す夏休み
水遣りのホースをへくそかづらまで
  七月十日勝彦忌 二句
かほ見せに来よ命日の梅雨雀
在りし日の先生のこと日の盛り
をちかたの雲を眺める暑気払
雷鳴の近づいてくる柿の種
仏飯の湯気ゆたかなる夕涼し
ひと雨のそろそろほしき芙蓉かな
秋夕焼火照る十指を組みにけり




美和子句 自解 

九月

美和子句自解


虫籠の戸の開いてゐる朝の雨  

 この虫籠、どこに置かれていてもいいと思う。その辺りの事情をどう読むか、は読み手の自由である。いったん作者の手を離れた句は作者のものであって作者のものではない。そういう観点においても自解はなるべく避けたい、と常々思っているのだが……。といっても自解そのものを否定するつもりはない。自解からその人となりを知る場合もあるのだから。そういう自解となっていることが筆者の願望でもある。
 この虫籠、草っぱらに置かれたままで虫籠には虫もいない。空っぽだった。誰かが置き忘れていったのか、捨てられたのかわからない。誰かの所有していたはずの虫籠が雨の中で濡れている。ただそれだけのことだ。一切のことを捨象し、ものに焦点を定め描写する手法が俳句の醍醐味であると思っている。この一句が手法に叶っているかどうかはともかく、ただひとつのもの=虫籠を提示していることだけは確かである。とるに足らぬささやかなことではあるが、虫籠の戸の向こうに多様な広がりをもつ世界が広がっているとしたら嬉しい。俳句でしか言えぬことを虫籠の存在が示してくれている。今はそんな気がしている。
二〇〇五年作。『天空』所収
 

 



 

藤本美和子プロフィール
1950年、和歌山県生まれ。
綾部仁喜に師事。2014年「泉」を継承し主宰。
公益社団法人俳人協会理事、日本文藝家協会会員。句集に『跣足』(第23回俳人協会新人賞)、『天空』、『藤本美和子句集』、『冬泉』(第9回星野立子賞)、著作に『綾部仁喜の百句』、共著に『俳句ハンドブック』等。