九 月 集

馬       井上弘美
露涼し木更津甚句など唄ひ
水打つて並足の馬とほしけり
峰雲のましろき馬術競技場
跳躍の馬のひらりと半夏生
馬とほくゐる梅雨明の樹間かな

桑の実     菅家瑞正
これからは風の育む青田かな
桑の実に指を染めたる慕情かな
万緑や絹の道はた鮎の道
苔の上に落つるや沙羅の花ゆゑに
麦秋を来て図書館に寄りにけり

羅       秋山てつ子
枇杷熟るる此の頃見えぬ婆のこと
広重の海まつ向に滴れる
さやさやと羅過ぎる匂ひかな
短夜の胸に置く掌や烏兎怱怱
松の影松にありたる涼しさよ

朝涼      長沼利恵子
花合歓を見下ろすところまで歩く
明易のラジオの語る軽皇子
立ち給ふ空也上人青嵐
朝涼の経机置く夫の部屋
冷汁の胡麻の香強し雨あがり

旧交      陽 美保子
姥百合のしめりの及ぶ胸三寸
旧交の淡交の夏料理かな
人偲ぶ青水無月の箸揃へ
徳利に袴のありぬ夏の月
荘子逍遥遊篇の雲母虫

涼しさ     石井那由太
城跡は岩ひとつのみ時鳥
古戦場上空をゆくほととぎす
山彦のゆつくり返す涼しさよ
箱庭の杜甫は欠伸をこらへをり
スクランブル交差点ゆく揚羽蝶