五月集

雛  井上弘美
しやぼん玉スケッチ帳に流れくる
雛調度胡弓の糸の切れたるも
家系図のひろげてありぬ雛の燭
灯を入れし雛雪洞に水の音
  隨心院
春落葉積んで古りゆく化粧井戸

下萌  菅家瑞正
春菜摘む刀自は姉さん被りにて
下萌や我に付き来る我の影
空の中なる紅梅を仰ぎけり
笹藪に微かな風や雛祭
うたかたの弾んでをるや芹の水

蚕豆の花  秋山てつ子
雪吊をくぐり佛に会ひに行く
軒合ひに夕日差しをり母子草
隣りゐしドローン教室蚕豆の花
咄とでし故郷訛あたたけし
青空を残して鳥の帰りけり

鳥帰る  長沼利恵子
人形の服はチロルや鳥帰る
山葵田を仰げば光ふりかぶり
白富士を眼前にして苺狩り
対岸の河津ざくらの鎮もりて
茎長き土筆を摘んで所在なし

木杓文字  陽 美保子
熊旨し鹿また旨し春北風
またの名は高島おばけ蜃気楼
  高島=小樽の漁港
木杓文字を立てて飯切る春の雁
父と子の入つてゆきぬ雛の家
鷗らに波の起伏や雛まつり

啓蟄  石井那由太
日時計の刻む三寒四温かな
東の空より白む梅の花
紅梅のいよいよあかき朝戸繰る
啓蟄や生き急ぐことなかれよと
顔のふつとさみしき雛納め