九月集

淋代  井上弘美
捻子を捲くことの涼しさ銀時計
血縁のとほく繋がる水羊羹
花かつみ日面に株しづかなる
淋代の海は銀泥やませ吹く
夏花摘み髪をぬらして戻りたる

河鹿笛  菅家瑞正
紫陽花の中の郵便ポストかな
釣り糸を垂らす一人や河鹿笛
白雲になれよ泰山木の花
金色の雨にて未央柳かな
目眩く植田の畦に佇むや

茂り  秋山てつ子
土牢にリスの声する茂りかな
これよりは極楽寺坂梅雨の蝶
茄子の花咲けば思ひぬ母のこと
ナイターの歓声届く市の裏
初生りの茄子ひとつは天麩羅に

ラベンダー  長沼利恵子
砕かれてましろき傘の梅雨茸
足元の蒸して来たりし茄子の花
苗箱の届いてをりぬ学校田
みづうみに白波の立つラベンダー
父の日の下ろしたてなるスニーカー

虫払  陽美保子
犇ける季題傍題虫払
涼しと云ひ淋しと思ふ湖真青
老鶯に番屋の梁のあらはなる
仙人掌の花のさかりを何もせず
円山の空円かなる夏祓

走馬灯  石井那由太
いつまでも喉に留めたき岩清水
大空を仰ぎて鳴らすラムネ玉
想ひ出は途切れとぎれに走馬灯
水打ちて背筋しやきつとなりにけり
風鈴を鳴らせる終の住処かな