四月

神歌  井上弘美
とほく撒く光のつぶて寒施行
法灯を山巓に継ぐ初御空
薙刀を衝く初能の黒がしら
神歌の諸手をひざに花の内
樏や伝業平の墓詣

冬菫  菅家瑞正
雪吊や寺の裏手へ廻れよと
ここからは武田領とぞ冬菫
寒芹や引つ切りなしに水揺れて
待春や眼瞑れば山見えて
鳴き声を真似て山羊呼ぶ寒日和

人日  秋山てつ子
インパネス真直ぐ海に向かひけり
夕づつのいよいよ遠し寒に入る
仁喜忌の武蔵野の空げに想ふ
人日の日記短く終りけり
寒鯉の髭矍鑠と進みをり

待春  長沼利恵子
川原木に鳥の集まる女正月
待春の光をまとふ雑木山
春を待つ野鯉の群の水しぶき
臘梅の林に出口なかりけり
さへづりのはじまつてゐる水絵の具

氷点下  陽美保子
初刷の青丹色なる龍の顔
天空に雲なし鏡餅開く
好晴や海辺の雪は海の色
翻る鷗が黒し氷点下
待春のふるへやまざる魚のひれ

鳥帰る  石井那由太
車座に笑顔の並ぶ初句会
追羽子は心ひとつにする遊び
早春の日の斑を浴びに森に入る
カムバック山に呼ばるる春の夢
真つ青な空に仕立てて鳥帰る