十月
葦舟 井上弘美
湖は朝のひかりに茅の輪結ふ
茅の輪結ふ幾たびも地に膝をつき
名を記すとき形代の翳りたる
涼しさや湖に投ぜし葦舟も
唐崎の松の根回り晩夏光
花槐 菅家瑞正
窓際に腕組みをして雲の峰
これはまたいやはや零れ花槐
片蔭の肩幅ほどに入りにけり
手の甲のつくづく老ゆる昼寝覚
緑蔭に清閑の刻過ぎにけり
萍 秋山てつ子
天草干し上目づかひに応へけり
有り無しの遊びごころや落し文
萍に暮れはじめたる山の風
貼り替へし障子に息を吐きにけり
瓢瓢と吹かれて来たり虫送り
野花菖蒲 長沼利恵子
雨雲の明るき方や合歓の花
萍のひと平らなるででつぽう
元気ばば祭の席に呼ばれけり
湿原の野花菖蒲の今日の色
稜線にかかる雲なしチダケサシ
蜘蛛の糸 陽美保子
諸鳥に三伏の夜の明けにけり
夕風は雨を呼びたる蜘蛛の糸
夢に見し人を忘るる大暑かな
流れ藻に藻屑あつまる土用入
アンタレス沈めば近し虫の声