十月

夜の秋  井上弘美
日盛りの地図に真つ赤な現在地
竹串に味噌の焦げたる夜涼かな
夕風の吹き戻しくる青茅の輪
月山の闇にとほのく夜の秋
   悼 石井那由太様
道連れとならむ紅鶸瑠璃鶲

蟬時雨  菅家瑞正
零れ継ぐ槐の花の大路かな
片蔭や小江戸の街の醤蔵
緑蔭や五百羅漢に会ひに来て
奥の間は八畳敷や蟬時雨
北窓の雲を見てゐる晩夏かな

烏瓜の花  秋山てつ子
盆用意雀の声もその中に
苔桃の花に近々馬の貌
切通し越えたるところ花さびた
夕暮の花と思へり烏瓜
風鈴の鳴る骨董屋小暗くて

とうすみとんぼ  長沼利恵子
雨雲の端に日のある魂迎へ
うつしよにとうすみとんぼ吹かれきて
大仏の足元に棲み蟻地獄
蟬声のまたうら返る俯瞰絵図
夕風のあそべるとろろ葵かな

夏の果  陽美保子
鳥声の水谺して夏の果
雨兆す鵯花の抽んでて
二三歩を過ぎて盗人萩といふ
   悼 石井那由太さん 二句
雀らに告ぐべき訃あり夏の果
五十雀逆さ走りに人悼む