十一月
八朔 井上弘美
あたらしき念珠のかたき荻の声
汕頭(すわとう)のしろき鳳凰秋澄めり
音立てて二百十日の湯玉かな
八朔の小鼓を打つ構へかな
浮御堂色なき風をつかさどる
秋蟬 菅家瑞正
藁屑を燃やす匂ひや魂迎
手に提ぐる水の薬罐の展墓かな
秋蟬の声の渦巻く欅かな
秋蟬や遠くにて袖振るやうに
秋口の音のカーテンレールかな
藤の実 秋山てつ子
藤の実の揺れゐる記帳どころかな
秋風にゐて夫のこと子らのこと
鳥渡る夕べ増えきしちぎれ雲
八朔のおこはの匂ひ過ぎりけり
文机に虫のこゑ聞くいとまかな
東京の星 長沼利恵子
朝影の仏花にしたる女郎花
蜥蜴の子工具箱より出できたる
細秋刀魚今年のいろを湛へけり
東京の星一つづつ澄みにけり
新米はひとめぼれかと問はれけり
菊の酒 陽美保子
遠山がとほくにありぬ夏の風邪
邯鄲に明るし北の一つ星
蠍座の触れる玉蜀黍畑
松の上露一粒の明恵坊
絵の中の獅子が気を吐く菊の酒