八月

梅雨  井上弘美
てぬぐひの手触り茅花流しかな
十一面のなかの一面梅雨兆す
青嵐石柱石碑影持たず
深川の芒種の水の匂ひかな
時の日の正午の海や丹後由良

麦秋  菅家瑞正
山神は石の祠や時鳥
遠く見て眉の高さに朴の花
この道を行けば峠や麦の秋
麦秋や電車は立つて行くつもり
懐郷や桑の実に指染めたれば

天使魚  秋山てつ子
梅雨の街電光掲示板ニュース
街角の鈴蘭だれも覗きゆく
アカシアの花や母校の丘おもふ
少年の長き睫毛や冷奴
黙黙と動く白衣も天使魚も

一夜鮓  長沼利恵子
夕つばめ盛んに飛んで太平洋
山羊ばかり描く人八十八夜かな
近道は汀づたひや一夜鮓
合気道奉納試合楠若葉
体操はジルバのリズム花石榴

師恩  陽美保子
浅酌やリラの香りは夜風にも
リラことに白きが薫る師恩かな
八仙は酒の銘なる清和かな
走り梅雨まづ非常口たしかめて
鏡中に夕焼あはし旅疲れ