一月集

小春         きちせあや

山頂を離れ小春の雲となる
どつかりと峠の巌富士に雪
  祝泉四十五周年
饅頭に目鼻描きたき小春かな
晩年をとんと忘れてふかし藷
演習の遠くとゞろく枯野かな

十月         井上弘美

淡海の水を屋敷に秋すだれ
水に出てみづのくらさの蜻蛉かな
還り咲く一花の赤き素風かな
まなざしのまだ幼くて森の鹿
十月の空稜線を深く入れ

晩秋         菅家瑞正

一郷の閑かな刻ぞ柚子は黄に
晩秋の静寂なりける日向かな
晩秋と呟く遠き山を見て
板を渡して秋水を越えにけり
物置の戸の開いてゐる冬隣

霜降         秋山てつ子

水わたる風の小暗し式部の実
色変へぬ松より揚がる鳩雀
霜降の獣の檻をひと巡り
波踏んで貝殻踏んで神の留守
傍に針箱のあり冬迎ふ

瓢鮎図        長沼利恵子

鵙鳴いて深大寺蕎麦打ちあがり
懸崖の蕾ばかりの菊花展
高稲架の芯まで乾く鳥の声
秋麗のレプリカなれど瓢鮎図
声高に山羊の鳴きゐる冬仕度 

遠忌         陽美保子

鵯のこゑよ慎め遠忌来る
団栗をおばしまに置く夢違
雨三日御墓に冬遠からず
団栗の卓を打つたる祝事
樹から樹へ栗鼠の跳びゆく七五三祝

秋水         石井那由太

白露を踏んで仔牛に逢ひにゆく
空よりもしんじつ青き螢草
螻蛄鳴いて昭和の歌をうたひだす
秋風に両腕広く拡げけり
踏み出だす朝の一歩や鵙高音

二月集

冷まじき       きちせあや

草を食む息冷まじき緋鯉かな
ぽつちりと鴨が糞する石の上
銀杏降る梢に一人働ける
  夏目漱石山房記念館
打ち合へる芭蕉広葉も冬に入る
卒塔婆も細めになりぬ風鶴忌

深秋         井上弘美

萩こぼれ七間半の間口かな
狭山茶を焙じてくるる豊の秋
玉力の切り飴ぬくき秋気かな
秋深し菓子屋横丁通り抜け
山車蔵の消えたる釣瓶落しかな

桂落葉        菅家瑞正

芬々と雨中の桂落葉かな
桧葉垣は肩の高さや一の酉
山裾に水の流れや惜命忌
冬晴の中の皇帝ダリアかな
霜晴や農夫一人に声掛けて

返り花        秋山てつ子

桟橋にゐ並ぶかもめ神の留守
ひろらかに鳶の声や山眠る
冬ぬくし凭れて高き松の幹
馬場の土均してをりぬ返り花
煮凝りやはるかなる日の父のこと

冬かもめ       長沼利恵子

青き葉の四五枚残る冬ざくら
塔頭や二つ大きな返り花
遠山の頂き白し木守柿
一舟にまつはる冬のかもめかな
むづかしきことはそのまま狸汁

クリスマスカード     陽美保子

柊の花の雨なり寛永寺
人疎み来て寒禽の美しき
液晶の青き光と冬籠
クリスマスカードの塵や煌ける
絨緞の伸びゆく先の磔刑図

枯野人        石井那由太

鳴り龍を鳴かせることも年用意
落葉焚く多摩の夕空かがやかせ
お不動の眼にうつる年の暮
悲しみはいつも後れて花菫
枯野人そのまま枯れてゆきにけり

三 月 集

寒          きちせあや

父母に日脚の伸びし墓拭ふ
鶺鴒の三段跳んで寒に入る
松過ぎの床几に掛けて緋毛氈
葉牡丹の紫深むご命日
茶屋店の細き団子も寒の内

吉日         井上弘美

初比叡越えくる風も鳥たちも
たちばなは母方の紋大福茶
機初の藍の米沢紬かな
笹鳴のだんだん降りて来るらしき
吉日と結ぶ一文松明くる

冬至         菅家瑞正

枯葎しばらく靄を上げにけり
米櫃の米を取り出す冬至かな
畑土に藁敷いて年行きにけり
さねさしの相模の野辺や冬霞
初空へ梯子を掛けて登りけり

冬の蠅        秋山てつ子

笹鳴や砥石に跳ねし雨の粒
冬薔薇の白一輪の景色かな
寒林に入る頤を上げにけり
葱提げて踏切り二つ越えにけり
冬の蠅沓脱石に動かざる

初電車        長沼利恵子

冬紅葉散り敷く底の獣罠
冬蝶の人の高さに縺れけり
あたり矢の金鈴の鳴る初電車
書初の有楽椿の傾ぎやう
起き上がり小法師が二つ初雀

朝日         陽美保子

昇りつつ朝日ととのふ霜の花
糸底をねんごろに切る雪深し
山眠る行平の火を弱くして
寒林に日射しの戻る鳥合はせ
一対の鳥の浮べる初景色

初空         石井那由太

初明り土偶の口が開きけり
寒に入るメタセコイアの梢より
河原木のあをあをと立つ淑気かな
鳴砂を踏んでゆきける大旦
初空や稚児の欠伸二つほど

四月集

太々と        きちせあや

太々と遠き白煙春浅し
梅林に沖に湧く雲新しき
手品師の黒装束やしだれ梅
大川を上りかねをる春の鴨
建国の日なり朱塗の橋を越ゆ

春北斗        井上弘美

正月の浜辺に舞へる傀儡かな
寄せ植ゑの籠より摘んで御形かな
父母を迎ふるなづな囃しけり
樟の根方を灯す酢茎売
赤ん坊を胸にいただく春北斗

冬田         菅家瑞正

君と会ふ冬田の畦を渡らむと
朴落葉団十郎の顔に似て
棚雲の遠くに殖ゆる寒詣
一つまた二つ三つ四つ龍の玉
今来たる書簡開ける炬燵かな

寒波来る       秋山てつ子

寒木の影せる杓をとりにけり
材木座辻に出でけり空ッ風
叢雲の極彩色や寒波来る
剪定の了へたる下を通りけり
山内を通り抜け来し寒昴

寒紅梅        長沼利恵子

先生に寒紅梅の二三輪
神饌の魚の赤さや寒の晴
三角縁神獣鏡に寒の艶
銅鐸の百基鎮もる余寒かな
声あげて水面を走るかいつぶり

星の数        陽美保子

水槽の魚と目の合ふ湯ざめかな
地吹雪の吹きこぼしたる星の数
冬ふかし火を育てるといふことも
仕舞ひには叩かれてをりとんどの火
春浅し優佳良識の手触りに 

龍の玉        石井那由太

寒明の机の上の海兎
鷺下りて立春の水ひらきけり
七曜の薬ととのへ鳥曇
翡翠の一閃に揺れ薄氷
飛天より賜りし色龍の玉

五月集

蹲る         きちせあや

植物園に入るより外すマスクかな
春疾風ヒマラヤ杉に蹲る
づかづかと踏み渡りけり犬ふぐり
薔薇苑の鐘の奏づる日永し
トラックに立てし箒や冴返る

雛          井上弘美

分教場までの一便春の海
オルガンや遅日の蓋のあきしまま
風光る遺稿の一字一字かな
暮れてゆく海を鏡に雛調度
月の出を待てるかんばせ雛の燭

雛祭         菅家瑞正

遠山へ見通しの利く春田かな
白梅もまた散り易き水の上
竹林に日の斑揺らめく雛祭
下萌や体育館に子等の声
覚束なけれど確かに初音かな

建国祭        秋山てつ子

風紋に翼の影や涅槃西風
子供らの退り歩きや春渚
釣人の谷へ下りゆく建国祭
山空のきれいに晴れて三月来
竹林にお稲荷さまの雀の子

ペーパークラフト    長沼利恵子

水音のはたと消えたる野梅かな
榛の花水は東に流れけり
恋猫の跳んで出でたる人の前
カブトガニのペーパークラフト風光る
果樹園の四方明るきちよつとこい

鰊空         陽美保子

花鋏雪解雫の音の中
磯菜摘み線路づたひに戻りけり
鎌研ぎの音を近くに雪解川
鰊空水平線を汚しけり
海鳥に鳶の加はる雛祭

雛          石井那由太

白梅は朝紅梅は夜を待ち
金屏の裏のさみしき内裏雛
流し雛ふと振り返る波の間
沼の面を突ついて暮るる蘆の角
踏青や水切石を走らせて

六 月 集

入彼岸        きちせあや

園児らの帽子空色入彼岸
飛ぶ鳥の影の折れたる春北風
清明の蝶のよぎりし物干場
抽出しに夫が遺しし種袋
しやぼん玉日和と云ひて犬を曳く

武蔵野        井上弘美

土脈潤起りて悼みごころまた
落椿なに神様を祀りたる
武蔵野の空みつ桜隠しかな
鷹鳩と化し水盤のみづ浴ぶる
夕空はしろがねのまま花大根

桜隠し        菅家瑞正

やはらかな雨の中なる蓬かな
うたかたは呟きに似て春の水
一畑に畝出来上がる初音かな
囀や畝立て鍬のさくさくと
案の定桜隠しとなりにけり

踏青         秋山てつ子

生き死にの話も少し青き踏む
踏青の遠くばかりに眼を遣りて
囀りの鎌倉宮を素通りす
骨董屋の敷居を跨ぐさくらかな
ひろびろと掃く黄心樹の花の許 

八重桜        長沼利恵子

茎長の土筆を摘んで老い最中
蓬摘む大地に膝をとんと突き
さへづりや半搗米はよく噛んで
八重桜消毒薬に手をぬらし
山風の頬に冷たき甘茶仏

花冷         陽美保子

竪雪に松の影濃し恙なし
三月を遣りすごす嗽ぎけり
花冷やえやみのかみのそこここに
疫神の荒ぶる春を山ごもり
巣ごもりの声もれきたる晴夜かな

春の雪        石井那由太

天地に生くるものらへ春の雪
いちまいの薄氷となりただよへる
春の鴨陸に上がりて事もなし
みちのくの深まなざしのこけし雛
翅立ててこの世の蝶となりにけり

七月集

小粒         きちせあや

錠剤のますます小粒夏に入る
歩を返す白山吹の四五輪に
一隅に冑を祀り夜勤明け
母の日の路地明か明かと花水木
湯に沈むやうに病后の春炬燵

消防旗        井上弘美

冠に藤をひと房巫女の舞
小町忌や月山和紙の濃むらさき
口少しひらきしままに金目張
懸垂の青年ひとり花は葉に
夏が来る白きポールの消防旗

暮春         菅家瑞正

歯科医院裏の菜の花畑かな
近くまで出てすぐ戻る暮春かな
虎杖やこの先行けば薬師堂
一日の窓辺暮らしや鳥曇
捗らぬデスクワークや春の雨

芥子坊主       秋山てつ子

暮れかぬる港の音のあれやこれ
蛇の髭の花や町医の門潜る
どのみちをゆくも浦風芥子坊主
鴉の子路地の真中に来て鳴けり
立札の当山不幸著莪の花

鳥曇         長沼利恵子

己が手の洗ひ痩せたる鳥曇
筍のごろんと乗つて猫車
聞きとれぬ防災無線花水木
眉描いて一日始まる杜若
葉桜の中に身を置く読み聞かせ

蝦蛄の旬       陽美保子

石鹸玉日暮は死者の数かぞへ
こぼさぬやうとばさぬやうに花の種
無聊託ちて白樺の花の丈
青空と子の声もどれ鯉のぼり
五百羅漢薄ら埃に蝦蛄の旬

春愁         石井那由太

天上のこゑにこたへて桜散る
澄みわたる鶯の声雨上がる
亡き人と椅子を寄せ合ひ桜餅
鷺芝の四方にかがやく家居かな
くちびるにあてるハモニカ春愁

八月集

青梅         きちせあや

青梅の一つころげて座禅堂
枇杷の葉を拾ひて固し病み上り
椋鳥のけたゝましくて診療所
葉桜の土手に外せるマスクかな
  悼 後藤比奈夫先生
懇ろな電話のお声梅雨に入る

緑さす        井上弘美

逢坂を下れば近江梅雨兆す
梅雨に入る前の煌めき漣も
神殿の階をゆく素足にて
緑さす楽人の折烏帽子かな
ゆふぐれの高さ泰山木の花

茅花流し       菅家瑞正

二人して茅花流しに佇ちにけり
ひさびさの野辺に佇ちをり時鳥
麦秋やむかし富山の薬売り
老鶯の自負なる声と思ふべし
田の水に執する夏の燕かな

羽抜鳥        秋山てつ子

渓底にとどく日差しやほととぎす
ありありと舟音過ぎし棕櫚の花
島みちの濡れてをりけり羽抜鳥
衣更へて由比ヶ浜へと急ぎけり
鎌倉に洞の多しや梅雨の蝶

馬鈴薯        長沼利恵子

蚕豆を剥けば山河の遠くあり
足跡の深き二つと余り苗
松蟬やひろびろと水湧き出でて
黒南風や剥落すすむ曼荼羅図
馬鈴薯が咲いて緊急事態解け

祓串         陽美保子

いづこへも行かず海月に灯して
夕かけて松風つのる溝浚ひ
万緑を風吹き抜けよ祓串
夏雲雀生きよ生きよといふやうに
月に啼く仙入のゐる芒種かな

噴水         石井那由太

晩年の白鷺は水まぶしくて
途方に暮れしか山蟻の立ち尽す
こでまりのひとつひとつに風の来て
天水の桶にたつぷりほととぎす
噴水とトト少年とシネマ館

九月集

さらさらと       きちせあや

一匹の蟻に起伏の奉書紙
さらさらと晒を裁つも梅雨の閑
駄菓子屋の奥より声や半夏生
約束の二人遍路も一度きり
語りたき人ゐぬ蚊遣り焚いてをり

南風         井上弘美

皆既日食初蟬の声の中
南風サックスの人かがやかせ
丈長くカラーを挿してジャズの夜
青梅雨やあす閉店の窓硝子
太宰忌の黒く分厚き革表紙

姫沙羅        菅家瑞正

山を見て炭酸水を飲みにけり
姫沙羅の落花静寂の中にあり
学校の裏はいつでも青田風
新馬鈴薯を掘る先生と生徒かな
濡縁に腰を預けて雲の峰

夏落葉        秋山てつ子

檣頭を離れぬとんび南吹く
風鈴のどこかで鳴りし路地とほる
結界の土の湿りや夏落葉
中老の七輪煽ぐ浜おもと
一湾の遠き鷗や勝彦忌

那智の石       長沼利恵子

水盤の芋に添はする那智の石
眼の奥にある老斑や梅雨深し
滅菌の机のひろき半夏生
萍のひと田に音のなかりけり
青梅雨や回転椅子を右まはし

熊笹茶        陽美保子

空に鳶水に鷺ゐる芒種かな
母の忌の植田明かりの中に立つ
他郷なり櫨の病葉まなかひに
このところ毒蛇を見ず熊笹茶
水無月の雨湛へたる鎮石

ほととぎす      石井那由太

ほととぎすよぎるやラジオ深夜便
なつかしき母の繰り言半夏生
つくづくと昭和を想ふ夏の雲
はるかなる森の明けゆく黒つぐみ
じんわりと梅酒を通す喉かな

十月集

夕蟬         きちせあや

喜びをふりまく蝶とゐる花野
聞きとめし風鈴の音や海の家
重なりし鐘の余韻やヒロシマ忌
山影の薄るる潮を浴びてをり
夕蟬の何を伝ふる声一途

真菰馬        井上弘美

イヤホンの白の涼しき横顔よ
夕虹や非常階段より暫し
向日葵に水運び来る子どもかな
父の忌が来る八月の空の色
紫の手綱を垂れて真菰馬

青蘆         菅家瑞正

万緑の大学領の細雨かな
風よりも雨に零れて花槐
青蘆の我武者羅に丈伸ばしけり
その下に藁の敷かれて花南瓜
学童の列緑蔭に入りにけり

半夏生        秋山てつ子

半夏生夕べの膳に磯のもの
若き日の母のことなど茄子の花
炎帝を仰ぐ片目を閉ぢもして
広重の海遠くみて夏了る
すくやかな雀の声や土用照り

李熟れ        長沼利恵子

寺屋根の千年の反り李熟れ
老鶯に囃されて雨上がりけり
初蟬や小学校の窓開いて
菩提子の青あをとある修業かな
みんみんの鳴き加はれる不動明王


鴉の国        陽美保子

葬礼の終りし烏瓜の花
此のあたり鴉の国ぞ風死せり
釣船草減りたる水の昏くなる
端居して桂の闇に親しめる
この国の山河痩せゆく火取虫 

万緑         石井那由太

砂時計と過ごすいちにち蟻地獄
万緑やマザーリーフは丈伸ばし
天井のかまきりの子と三夜過ごす
桔梗のはきはきひらく越の国
夏の岬思ひおもひの磐に坐し

十一月集

黒揚羽        きちせあや

渓風に翻弄されて黒揚羽
高くなるばかりの空へ紫苑かな
コスモスのふえゐて胸の高さなる
八月の碑文を読みて村静か
おとなしき犬と風船かづらかな

夕花野        井上弘美

秋日傘ちちを迎へに行くやうに
夕花野うしろに翳る波の音
風音に闇厚くなる真葛原
初鴨に夕べうすむらさきの水
桐の実のまた鳴る月の光かな

秋蟬         菅家瑞正

水をまた飲む秋蟬の声の中
図書館の高窓に涼新たなり
東雲や秋蟬の声広ごりて
秋蟬の声の絡まる虚空かな
草叢に昨夜の雨粒つづれさせ 

秋ばら        秋山てつ子

蜉蝣を通り抜けたる面かな
御僧の大股に来る稲の花
いづみ忌の近うなりたる秋の声
炎天を来て炎天を顧りみる
秋ばらの乏しき数に佇ちにけり 

涼新た        長沼利恵子

栃の葉の時折り動く炎暑かな
東京水ボトルに入れて暑に耐ふる
炎ゆる街見下ろす歩行訓練器
全身に水満ちて涼あらたなる
コルセットしつかり締めて初嵐

秋澄めり       陽美保子

どろの木に風のあつまる氷頭膾
地虫鳴く平均余命簡易表
秋興や人の手型に手を重ね
草々に名前のありて野分立つ
歩みては立ち止まりては秋澄めり

蜻蛉        石井那由太

手に取れば実をほてらせて烏瓜
葉がくれの真紫こそ葛の花
とんばうの聡き眼や岩の上
山鳩の呟きをもて秋ついり
満月に草木は身を正しけり

十 二 月 集

十六夜の     きちせあや

十六夜となりゆく湖の青さかな
月を待つ等身大の甲冑と
記念碑に絆の一語枯芒
眩しさの浅漬市の灯にひとり
爽やかな空や木の葉や道路鏡

平家琵琶     井上弘美

木の実降る音夕雨のテラス席
秋の蝶喪服の人を遣り過ごす
人悼む金木犀を雨に踏み
火恋し一間に語る平家琵琶
十六夜の月を迎ふる根来椀

爽籟       菅家瑞正

秋扇の中の墨痕二文字かな
蓮の実を飛ばす弘法大師かな
一院の鰐口打つて椿の実
気を付けも右へ倣へも曼珠沙華
爽籟や目線の先の山遠く

珊瑚樹       秋山てつ子

会へざりし人のことなど衣被
湖風の辻に干しあり胡麻筵
店棚の秋の金魚に呼ばれけり
珊瑚樹の今年の彩に佇ちにけり
草に曳く吾と吾が影そぞろ寒

母の杖       長沼利恵子

生まれては消ゆる白雲敬老日
秋蟬の一つ激しき北の空
明星の雲間に残る渡り鳥
牛膝こつんと突いて母の杖
黝き鯉の寄り来る秋日かな

こむら返り     陽美保子

台風の近づくこむら返りかな
旅をせぬ日月淡し鵙の贄
鳥渡る禾の揃へる百町歩
秋の蠅跳んで褪せたる天望図
灯台を風のめぐりて残る虫

吾亦紅        石井那由太

鳥声のするどき後の更衣
卒然と過ぎたるものに敬老日
きちきちとゆきて同行二人かな
野仏の拈華微笑や秋の風
ほほゑみに返すほほゑみ吾亦紅