2018年 藤本美和子

一月  福助       

あはうみの暮れのこりたる膝毛布
愛日の影うすうすと竹生島
島の名を聞き手袋を嵌めなほす
十一月の芦のこと葦のこと
正面に赤き半纏似合ふ君
忌が近し城の石組時雨けり
菰巻の松を潜りて下屋敷
おほかたは真鯉ばかりや神迎
小雪の卓には次郎柿三つ
福助の鎮座まします霜のこゑ

二月  春近し 

川上へ草踏んでゆく恵方かな
人の日の膝に手を置く忌が近し
松過の鶲が鶲呼びて晴れ
獅子舞の口に入りたる男の子
にはとりもうさぎも飼ひしころの家
野兎を見て足許の暗くなる
榛の木の万朶の枯れを仰ぎけり
探梅の道をとりたる師のことば
一月の白鳳仏の顔(かんばせ)よ
水底の起伏も春の近きこと

三月  皆既月蝕        

白鷺が人に近づく初景色
寒波くる双眼鏡の中の鳥
赤松を鳥の離るるしづり雪
凍蝶の地(つち)をはなるる紋明し
鵯の嘴が開き寒波急
皆既月蝕冬草の立ち上がる
水替へておく真夜中の寒蜆
三寒の松と四温の松の影
湧水の音の方へと梅探る
待春の音たてて掃く松の塵

四月   白梅の影        

ねむごろに掃く白梅の影の内
耕人も畝も傾く野面積
畦焼いて眉の匂へる夜雨かな
春浅き竹のあをさの鬼おろし
椎茸を水に戻せる朧かな
明け方の雨が上がりて蝌蚪の紐
春泥の踏みならしたるひとところ
老人の一団はるか春まけて
さざなみのうちひろごりて氷消ゆ
青空の映りて残る鴨の数

五月   荒野          

磯蟹を手に遊ばせて卒業す
水温むころとなりたる下駄の音
はなびらの散りかかりては髪白む
エイプリルフールの虚貝ふたつ
手鏡のおもて明るし雪の果
鳥雲に入る半島の忘れ水
海鳥は水を離れず花祭
日翳ると少しく濡るる甘茶仏
逃水の奥や炎の丈伸びて
夕野火の空残りたる荒野かな

六月   鷭の子   

風入れて風に曲がれる五月鯉
堰すべる水の厚さよ幟杭
男の子はた女の子チューリップ
双膝を草につきては春送る
夜に入る甲斐山中の幟杭
錫杖の直立にして朴の花
粽解く紐のあをさも他郷かな
渓風に蜥蜴の腹の光りけり
鷭がゐて鷭の子がゐて恙なし
鷭の子のつむりに濃しや草の影

七月  大場川         

  初蝶のわたりまぎれぬ大場川  波郷 
夏蝶は水のあかるさ大場川
鳰の巣が真ん中にある日暈かな
定家葛の花散りくるや忘れ水
木の晩を来て犬の息荒々し
ぎしぎしの花と岩波文庫本
汐入の川の汐引く行々子
草刈つて水車の迅くなりにけり
雨近き巌の相や蚊遣草
照り翳りしては立浪草の彩
里妹さんは
笹粽結ふ天晴な手元にて

八月  黒揚羽        

青柿の尻より太る闇の奥
子燕や火とぼし頃のこゑ増えて
歳月の梅酒の琥珀注ぎにけり
墓原に人影うごく梅雨夕焼
ひらきては四万六千日の傘
川風のとほる鬼灯市の鉢
風鈴のいつせいに鳴る千社札
高く吊る江戸風鈴も市はづれ
かく晴れて先生の忌の黒揚羽
ぢつとしてゐる啞蟬の羽の筋

九月  射干         

榛の木のよき風もらふ氷旗
お手玉のふたつころがる雨休み
射干の映る鏡を磨きをり
暑き日の三文判の置きどころ
彩美しく涼しき銘の加賀の菓子
アメリカへ発つてふメール秋近し
苦瓜を蔓より外す月代り
ひともとの薬草にほふ蟬の穴
影に入る秋蝶の翅透きとほり
大仏の御身を拭ふ初嵐

十月  後の雛      

  山廬にて 三句
松影のくはし振舞水満ちて
一幅の龍太の文字涼新た
松が枝の影松にをく秋暑かな
見過ごしにせず玉虫の飛ぶところ
木瓜の実に山楂子の実に遇ひし坂
登校の子が提げ来る虫籠かな
休暇明け百葉箱をひらきけり
祭礼の幣の高さや青木賊
蓮の実みづかげろふに飛びにけり
建仁寺垣の奥なる後の雛

十一月  竹瓮        

秋の初風奉納の木遣歌
老人に二百十日の火打石
装束の前折烏帽子鳥渡る
台風の西へ逸れたる一つ松
稲雀夕影を濃く曳きにけり
日没の直前ヒメムカシヨモギ
逝く秋の灯のおよびたる白洲かな
夜長し謡曲集をひらきては
敷き藁の風に飛んだる種茄子
一舟を岸に寄せをく竹瓮かな

十二月   冬支度

船縁に寄ればかたぶく葭の花
穭穂は実を結びつつ川明かり
鶺鴒に蹤いて歩けば叔母の家
老眼鏡はづす秋江見るために
霜降の水を広げて水すまし
綿虫の手足が見えて飛びにけり
急流の音にのつたる草の絮
松手入松の齢をことほぎて
ひらきたる地図に日の射す冬支度
山稜の暮れて定まる今年米