一月   鳥籠    
鳥籠の向かうがはなる冬景色
花枇杷を見上ぐるならひ厨口
初霜にペパーミントの香が僅か
桑の木の瘤に手をおき冬が来る
しりとりのつづく勤労感謝の日
冬蝗わがてのひらを蹴りゐたる
綿虫のいよいよ白き忌日かな
雨降つて欅明るき波郷の忌
短日の欅の胴を叩きけり
切り落す藁縄の香も年用意
 
二月  先生のこゑ 
歳晩の水に浮きたる松の塵
雪吊の松のうちより暮れ始む
竹幹に触るる手袋脱ぎにけり
天日に入りて失せたる寒の鯉
探梅のアキレス腱をのばしけり
亡骸や寒紅梅の影踏んで
三寒の光りや藤の実が数多
先生のこゑよくとほる冬泉
三寒の四温となりし死者のかほ
しろじろと柩をとほす冬木立
 
三月 残る氷 
影曳きて鶴の歩める雪後かな
丹頂のこゑ返りくる山襖
鳥どちの塒にもどるしづり雪
雄阿寒岳が見え雌阿寒岳の見ゆ遅春
北空の雲の華やぎ種袋
ふりあふぐ鷗の腹や流氷期
半島の突端が見ゆ浮氷
流氷の押しよせてくる薄瞼
命日や流氷原を徒歩き
先生の遺影と残る氷かな
 
四月  鬣
丹頂の一尺飛んで凍てにけり
丹頂の脚あげるとき雪つのる
足跡は北狐なり谷地坊主
蝦夷松の奥に日の射す猟名残
鬣の吹かるる北の野に遊ぶ
潮鳴りの音勝りくる雪を割る
浮氷水より迅く流れけり
われに来る流氷盤や乗れといふ
日の暮れて公魚釣のかほとなる
海坂の夕べ明るき古巣かな
 
五月  花           
祝ぎ言や木五倍子が揺れて水揺れて
雨降つて沈丁の香のあたらしき
夜に入りて草の匂へる巣箱かな
人を恋ふたび芽柳の濃くなりぬ
遠足の赤き帽子の数へられ
トランプのジャックとキング花の下
花冷の御手洗に杓伏せる音
大川に潮の匂へる花筵
干潮の舟を降りたる花疲
声曳いて鷺渡りゆく灌仏会
 
六月   蠶玉       
いつせいに水翔つ鳥や仏生会
黒松に鋏を入るる穀雨かな
碑は蠶玉なりけり昭和の日
道祖神から道祖神まで暮春
星数へをりて八十八夜かな
雨降つて山の匂へる更衣
五月くる炭酸水のボトルかな
矢車の音かろくなる迅くなる
アルプスの風とほりたる鯉幟
夏来たる水の流れに随ひて
 
七月  石狩浜 
天地の起伏に雲雀揚がりけり
雲雀野となるや一面風迅し
朝雲雀仰ぎ仰ぎて北の果
北海の照り極まりて落雲雀
雲雀野のこゑの果てたるところまで
摘みくるる浜防風の丈揃ふ
川波の飛沫を受けて草矢吹く
夏草や錨の錆がかくこぼれ
鳶の影五月の浪に映りけり
卯月野にさらしどほしや盆の窪
 
八月  北国    
北国の鳥のこゑ聞く洗ひ髪
邂逅や白雲木は花つけて
菩提樹と菩提樹の間明易し
潮入の河のうねりや昼寝覚
軽暖の錨の数と浮子の数
母ひとり残りをりたる砂日傘
ビール酌むぽぷら並木の陰をきて
大鵬の手形を飾る夏館
松籟に口ひらきたる鴉の子
すだ椎の影ていねいに掃きて夏至
 
九月   明易 
吊つて売る亀の子束子やませくる
熊除けといふ水無月の鈴の音
石段の蹴込の高き梅雨入かな
梅雨冷の空をうかがふ馬の耳
かたはらに立つ明易の南部馬
青き実をひとつ拾ひて明易し
供華提げて青葡萄棚潜りけり
干梅の塩を噴きゐる家居かな
松蟬のこゑの響ける傘の骨
兜煮の醬のいろも夜の秋

十月   野分      
ちかぢかと火の山仰ぐ夏の果
老鶯の標高二千級のこゑ
山腹や茗荷の花のいろに出て
巻貝の渦尖りゆく秋暑かな
堂守の二百十日の竹箒
秋蟬のこゑ鎮みゆく山にほふ
石段をひとつのぼりて涼新た
ひときれの出し巻卵秋高し
供華として最もこぼれ女郎花
太幹のいよいよ紅き野分かな
 
十一月  獺祭忌 
穴に入る蜥蜴が縞を伸ばしけり
すこしづつ減つてをりたる猿酒
木犀の香の降りかかる肘かかと
禾朱き草に触れをり獺祭忌
待宵の空が映れる忘れ水
蟷螂の足の運びも良夜かな
秋茄子戦後七十年のいろ
ひまはりの種採るによき空の色
鏡面の真中ふくらむ夜長かな
 
十二月  冬に入る
芋を干し柿を干したる紀伊の国
父死後の十一月の畳かな
旧街道洗ひ障子を立てにけり
神域のいろとなりくる秋の蝶
声明の届く厚物咲のいろ
箒目のあつまるところ銀杏の実
団栗の降つて溜れる裏鬼門
茶の花の蕊の密なる旗日かな
五位鷺に一歩近づき冬隣
盆栽の松の高さも冬に入る