藤本美和子主宰の俳句
九月 梅を干す
ほうたるの夜や一封の熨斗袋
風呂敷も袱紗も四角半夏生
片蔭を上手にひろふ人に蹤く
昨夜よりも今宵の烏瓜の花
森の木に海鳥のくる涼しさよ
嵌め殺し窓の小さき暑気中
真夜中の水にひらくや水中花
病葉の降る音を聞く此岸かな
梅を干すことにかかはるひと日にて
ひとつづつ数へあげては梅を干す
美和子句 自解
九月
蜻蛉がくる蜻蛉の影がくる
「俳句研究」(平成十六年十二月号)「俊英競詠三十句」に「深秋」と題して発表した句である。競詠のお相手は岸本尚毅さん。あまりにも見たままの景で、手ごたえというほどのものは感じなかったが、仁喜先生からは「よし!」という評価を頂いたこともあって発表句のなかに入れた。
場所は手賀沼。きちせあやさんの案内で蓮見吟行をした折の句である。蜻蛉は鬼ヤンマだったか。地上においた鮮明な影がみるみる大きく迫ってくるのが印象的だった。「蜻蛉がくる」のリフレインだが、最初に注目したのは「影」の方だ。
のちに<一羽出て一羽戻れる巣箱かな>(平成二十三年作)を作ったとき「俳句はこれでいい」とも評して下さった。結局なにもものを言っていない点を評価して下さったのであろうか、と思う。両句ともに「見たままの景」。作者の手ごたえは「確かに見た」ことだけである。
実は「蜻蛉」の句、深見けん二先生に、
とんぼうが行きとんぼうの影が行き けん二
があることを知った。『菫濃く』所収で平成二十三年作。「くる」と「行く」。けん二先生と似ている句があるなんて、嬉しくもあり、ちょっと面白い。 『天空』所収。
藤本美和子プロフィール

1950年、和歌山県生まれ。
綾部仁喜に師事。2014年「泉」を継承し主宰。
公益社団法人俳人協会理事、日本文藝家協会会員。句集に『跣足』(第23回俳人協会新人賞)、『天空』、『藤本美和子句集』、『冬泉』(第9回星野立子賞)、著作に『綾部仁喜の百句』、共著に『俳句ハンドブック』等。