藤本美和子主宰の俳句
三月 四温
先達が贔屓の店や切山椒
風花をてのひらに受け人偲ぶ
結界の竹のあをさも結氷期
後れゆくとも枯芝の踏みごたへ
席題「山」
山姥に聞け山火事の出処は
大寒の鳥にしたがふ八卦かな
雪女郎ヒマラヤ杉の影ぬけて
川音を聞き雲を読み梅探る
椎茸の飾り庖丁寒見舞
草の名も樹の名も四温日和かな
美和子句 自解
二月
隔たりて鳥の歩める雨水かな
「雨水」は二十四節気の時候の季語。今年は二月十九日から三月四日までが雨水である。歳時記にも乾燥した冬が去って雨が大地を潤す、あるいは雪が雨に変わるという意味である、と書いている。冬の名残をどこかに秘めた春の季語といえるだろう。仁喜先生は当時の「佳句鑑賞」(平成二十年五月号)でこの季節感をどう響かせ匂わせるかが課題とした上で「時節柄の鳥の恋を匂わせながら、まだ恋も浅く、隔たったままで歩いている小鳥のありように春早い『雨水』の肌感覚がある」と評して下さった。「肌感覚」とは私にとっては実感にも繋がる言葉でもあり嬉しい。これはたまたま五、六人の有志で行っていた勉強句会の所産。この時、句会場でもあった会議室から芝生の上を歩く鳥の姿を見ていてできた句である。鳥と鳥の関係もさることながら、作者である私と鳥との距離感もきっかけとなった「隔たり」の一語。時候の季語は一物では詠めない。よって取り合わせになるが、この対象となるものを具体的に詠むことが大事であることを先生から教わった。平成二十年(二〇〇八)作。『天空』所収。
三月
牛乳を温めて飲む椿かな
角川の「俳句」(二〇一七年四月号)特別作品二十一句に発表したなかの一句。以前、この欄で<断層も島の椿も無垢のいろ>を採りあげたことがあるが、同じ発表号である。一読、誰にでもわかる句。さり気ない分、同じような句があるかもしれない。というか、発表後、季語だけ違う他の方の句を見かけた。それでもいい。私自身は好きな句である。以前も書いたが、伊豆大島の椿祭りを見るために調布から往復飛行機の日帰り吟行をした、いわば強行軍の旅。にも拘わらず充実した時間を島内では過ごした。もともと大島は酪農が盛んな地。その土地で放牧された乳牛から搾った乳。うまくないはずがない。この人肌の温もりがなんとも懐かしく、体を芯から温めてくれるのだった。このほのぼのとした感覚はやはり早春、椿の咲くころのものだ。二〇一七年(平成二十九年)作。『冬泉』所収。
藤本美和子プロフィール

1950年、和歌山県生まれ。
綾部仁喜に師事。2014年「泉」を継承し主宰。
公益社団法人俳人協会理事、日本文藝家協会会員。句集に『跣足』(第23回俳人協会新人賞)、『天空』、『藤本美和子句集』、『冬泉』(第9回星野立子賞)、著作に『綾部仁喜の百句』、共著に『俳句ハンドブック』等。