藤本美和子主宰の俳句
十一月   海女の笛  

八朔の祝鳥獣戯画絵巻
一匹がこゑを張りたる虫籠かな
補陀落の風にたちたる稲雀
潮の香は午後から強し草の花
べた凪の浜砂を踏み秋半ば
秋興やとほき島影かぞへては
漁火のひとつ増えたる夜長かな
待宵の広くなりたる水の上
蛸壺の累々とある月の入
帰るさの身に沁みて聞く海女の笛


美和子句 自解 

11月

  柊の花近づけばこぼれけり

 「打坐即刻のうた」はよく知られた波郷の言葉。石川桂郎は波郷の句を評して「泛ぶ俳句の典型」とも言っている。ただしその裏には「松山時代の少年期から、作る俳句のきびしい修練を経た上の、更に天才的作句力を知る上のこと、俳壇における特異な作家としての話」ともしているが……。桂郎のことば「泛ぶ俳句」とは即ち「打坐即刻の句」ともいえるだろう。即座にできた句には無理がない、と思っている。桂郎のことばの紹介の後では少々おこがましいが掲出句も「柊の花」に気づき、近づいた瞬間にできた。なんの技もない。見たまま、感じたままの句である。場所は調布市仙川。ふらんす堂に用があり出かけた時である。「柊の花」といえば素十の<柊の花一本の香かな>が最も好きな句である。ひそやかに咲く柊の花の存在が確か。清潔感がある。素十句のさりげなさ。素十の句などもふっと「泛ぶ」ようにできたのだろう。 二〇一九年作。『冬泉』所収。




藤本美和子プロフィール
1950年、和歌山県生まれ。
綾部仁喜に師事。2014年「泉」を継承し主宰。
公益社団法人俳人協会理事、日本文藝家協会会員。句集に『跣足』(第23回俳人協会新人賞)、『天空』、『藤本美和子句集』、『冬泉』(第9回星野立子賞)、著作に『綾部仁喜の百句』、共著に『俳句ハンドブック』等。