藤本美和子主宰の俳句
七月 亀の子   

蕗のすぢとりしばかりに雨兆す
岳麓や早苗蜻蛉はつがひにて
赤ん坊泣く水馬は高く跳ぶ
半時を遊ぶ亀の子三匹と
鳥を待つことに決めたる白日傘
鳥声のけはしき茅花流しかな
ご祝儀や青芦原の風を受け
天上に胸うつくしき夏燕
ぎしぎしの花の中より婆の声
渓風の深吉野村のすもじかな




美和子句 自解 

七月

 はればれと佐渡の暮れゆく跣足かな  

 第一句集名もこの句に由来する、忘れがたい句である。平成七年七月末。新潟県柏崎市に単身赴任をした夫を訪ねた時の一句。当時大学生だった長女、高校生の長男とともに赴任地を訪れた。ほかのことはすっかり忘れてしまったが、鯨波海岸から佐渡を遠望した夕刻の景は今でもはっきりと蘇る。岩場に跣足で立ったときの感触もまた鮮明に残る。残念ながら当時の写真は一枚もない。にもかかわらず一葉の写真をみるような思いで眺める一句でもある。
 句会には<むらさきに佐渡の暮れゆく跣足かな>として出句。仁喜、勝彦両先生が、「むらさきに、じゃなあ……」と口を揃えておっしゃった。「むらさき」と「暮れる」という発想が付きすぎであること、「はればれと」という一語にたどりつくまでの苦労とたどりついたときの喜び等々、さまざまなことを教わった句である。誌上での仁喜先生の評は「この頃は日本海の最も安定している時期である。佐渡遠望の句はかなりあるが、このような安定期のものは余り多くない。平凡な印象になりやすいからであろう。『はればれと』に季節と重なる心情の安定感が見える」。この評もまたこの一句への思いを深くとどめるきっかけとなった。 平成七年作。『跣足』所収。

 



 

 



 

藤本美和子プロフィール
1950年、和歌山県生まれ。
綾部仁喜に師事。2014年「泉」を継承し主宰。
公益社団法人俳人協会理事、日本文藝家協会会員。句集に『跣足』(第23回俳人協会新人賞)、『天空』、『藤本美和子句集』、『冬泉』(第9回星野立子賞)、著作に『綾部仁喜の百句』、共著に『俳句ハンドブック』等。