藤本美和子主宰の俳句
三月 春を待つ   

泣初の子に信号の変はりけり
踏切にかかる七福神詣
命日の樟の葉音を聞くも寒
  一月十日命日に『綾部仁喜全句集』刊
しみづあたたかをふくむ一全句集
一音の十七音の四温かな
紅き実のいろうすれゆく風邪心地
  松山城
天守より灘をのぞめる節替り
梅早し湯煙の濃きひとところ
子規がをり山頭火をり日脚伸ぶ
先生を知るともがらと春を待つ




美和子句 自解 

三月

  自転車の荷台を使ふ雪間かな

 「雪間」という季語を初めて知ったときの句である。季語に触発されてさまざまな景が思い出された。さまざまとはいえ、ささやかな主婦の日常の景。仁喜先生からは「こういう句がもっとできるといい……」とも直接助言を頂いた句だ。特別なことではなくともいい。身の周りにある些事が一句になるのだということを知った。
 同時掲載句に<探梅の石の上なる土不踏>もある。新年句会で先生一人の選に入り、短冊を頂戴した。これもまた些事だが石の上に立った時の土不踏の感覚は今もある。本当に自分が感じたこと、心動かされて詠んだ一句は読者には通じるという確信を抱いたのである。
 「泉集鑑賞」に於ける仁喜先生の評は「あたりにちょっとした作業をする台になるようなものの何もない雪間道。自転車のスタンドを立て、荷台を作業台として使う。例えば主婦同志の買物袋の中身の入れ替えでもよい。主婦の知恵だが、それが「雪間」に新鮮な一面を加えることになった。こういう句は想像ではなかなかできないものである」。
 この評の「想像ではできない」という言葉をいつも大事にしている。些事であれ何であれ、自身の心が一瞬動いた「こと」や「もの」……。即ち実感を大事にしようと心に決めた句である。
 初出は平成五年「泉」四月号。『跣足』所収。



藤本美和子プロフィール
1950年、和歌山県生まれ。
綾部仁喜に師事。2014年「泉」を継承し主宰。
公益社団法人俳人協会理事、日本文藝家協会会員。句集に『跣足』(第23回俳人協会新人賞)、『天空』、『藤本美和子句集』、『冬泉』(第9回星野立子賞)、著作に『綾部仁喜の百句』、共著に『俳句ハンドブック』等。