藤本美和子主宰の俳句
五月 朝寝
てふてふやわがてのひらのうらおもて
地虫出てビニール傘の忘れもの
鳥に影魚に影ある彼岸かな
エイプリルフールのたこのまくらかな
つかみたる手摺りのほそき花疲れ
摘草の手を休めたる典座かな
土筆摘む人に隣りて蓬摘む
石庭に波の紋様仏生会
白砂に箒をつかふ養花天
朝寝してとほくのひとがよく見ゆる
美和子句 自解
四月
本館を出て分館へ春の雨
「春の雨」は「春に降る雨の総称である」と歳時記にも書かれているが『三冊子』では「春の雨」と「春雨」ははっきり峻別されていた。それに従うと掲出句は早春の雨である。
それはともかく、掲出句は事実をそのまま素直に詠みとめたまでである。泉の例会が芭蕉記念館で催されたときの句で本館の会場がとれず分館での句会となった時のこと。たとえ、会場が分館であっても、必ず本館には寄るのがわたくしの倣い。というのも本館の裏木戸から隅田川沿いに分館まで歩くコースが好きだからである。そして都鳥を仰ぎ、遊覧船が行き交う大川を眺める。掲出句もその道すがらふっと呟くように生まれた。もちろん句会にも出した。
いつも思うのだが事実を詠みとめただけの句には衒いがない。つまり無理がない。その分強さがある。この自然体のよろしさを生かしてくれているのが季語「春の雨」であると思う。「春の雨」の持つもの優し気な趣とちょっとした華やぎ。他の季節の雨ではこのよろしさは出るまい。この句のおかげでこの日の雨の景は今も鮮やかだ。
2019年作。『冬泉』所収。
藤本美和子プロフィール

1950年、和歌山県生まれ。
綾部仁喜に師事。2014年「泉」を継承し主宰。
公益社団法人俳人協会理事、日本文藝家協会会員。句集に『跣足』(第23回俳人協会新人賞)、『天空』、『藤本美和子句集』、『冬泉』(第9回星野立子賞)、著作に『綾部仁喜の百句』、共著に『俳句ハンドブック』等。