藤本美和子主宰の俳句
十二月 源義忌
八束穂に裏富士はかく晴れにけり
昃(ひかげ)りてあとかたもなき草の絮
氷川丸 三句
氷川丸には霜降の日章旗
船内にひびく靴音冬隣
秋深し木馬の艶も鬣も
色変へぬ松より雨の上がりたる
鷗らは翼をかかげ源義忌
むつかしき話はあとや鰡が跳ぶ
ハロウィンの子どもがとほるデッキかな
朴の木の北に傾く十三夜
美和子句 自解
十一月
掌に牡丹供養の煤ひとつ
毎年十一月の第三土曜日に福島県の須賀川牡丹園で行われる牡丹供養の行事。「泉」平成十八年一月号の「編集ノート」ではこの牡丹焚火に触れている。よって平成十七年の牡丹焚火の句である。他にも<牡丹を焚きしづめたる後の砂>も発表している。歳月に磨き抜かれてきたひとつひとつの季語にはすでにあらゆる情報が備わっている。ことに行事季語はその趣が強い。如何様に詠んでも説明の域をでない行事句をどう詠むか。いかに新しみを加えるか。編集ノートでも炎の色の美しさに触れながら、実際、俳句としては残せていない。みちのくの闇の中で見せてくれたあの鮮やかな、紫色の牡丹の炎。「煤ひとつ」を手掛かりにまた詠めることがあるだろうか。そのためにはあと一度、いや何度か訪れる必要があろう。土地に惚れ、行事に惚れ、幾度となく通い続けた者だけに見せてくれる何か。というより、ある時ふっと賜るものであろう。
ただ、この時、偶然にも講演で訪れていらした茨木和生先生とお会いした。先生の訃報(十二月二十三日逝去)を知って俄かに思い出した句である。『天空』所収。2005年作。
十二月
狐火を見て贅肉の落ちにけり
「泉」平成十二年三月号発表の句。「窗下抄」にも採りあげられているが仁喜先生の鑑賞はない。そういえば先生はその年頭から一か月ほど入院されていたのである。
この句は席題「狐火」で作った。狐火と贅肉という全く無関係の二物を取り合わせた面白さを買ってくれたのではないか、と思っている。句会の席でも事細かな評はなかったが先生が面白がってくれていたことだけは覚えている。狐火は「山野や墓地に出現する怪火のこと」とか……。目にしたことはないから想像の句である。「贅肉の落ちにけり」もまた虚で私にとっては願望でもあったか。後に『享和雑記』という江戸時代の巷談集に「(狐が)妖(ばけ)んとするには必(かならず)髑髏を戴て北斗を拝し、即(すなわち)化(ばけ)て人となる」という一説があることを知り、ひと筋の糸が繋がったと思った句である。1999年作。『天空』所収。
藤本美和子プロフィール

1950年、和歌山県生まれ。
綾部仁喜に師事。2014年「泉」を継承し主宰。
公益社団法人俳人協会理事、日本文藝家協会会員。句集に『跣足』(第23回俳人協会新人賞)、『天空』、『藤本美和子句集』、『冬泉』(第9回星野立子賞)、著作に『綾部仁喜の百句』、共著に『俳句ハンドブック』等。