一月  明王
小雪や百匁とはこのくらゐ
招かれて十一月の緋毛氈
明王の肩のあたりの小六月
器量よしではなけれどもこの榠樝
ゆつくりと立ち上がること七五三
小雪の寺の精進料理かな
干柿の日数のいろや夜が晴れて
 
二月  一陽来復     
再会や裸木の影ふみわたり
御僧と懇意なりける狐鳴く
一陽来復麒麟の首が交差して
水涸れて一本の畦残りけり
鵯や北風をうかがふ嘴ひらく
臘梅の枝の高さや人老いて
標本の蝶の羽透く夕ならひ
 
三月 御形              
金星に月の寄りたる松納
中天に日のかかりたる御形かな
菰巻の松と松とのあはひにて
焼鳥の串あらあらと残りけり
かもめらは骨正月の腋上げて
正月も二十日過ぎなる臼と杵
水餅の水替へて星増えにけり
 
四月  雛屏風
木の椅子に浅くかけたる二月かな
鳥影を仰ぐもバレンタインの日
こまがへる草の上なる世界地図
雪洞に灯の入りたる雨水かな
赤松の幹に日の射す雛屏風
木の雫草の雫も雛祭
さざなみのゆきわたりたる氷消ゆ
 
五月  暮六つの鐘
片栗の花のことなど耳寄せて
唇の近づきすぎし沈丁花
小鳥ひくところどころの潦
遅き日の芭蕉の文や読み返し
息吐いて近くなりたる春の山
昃りて大川端の蓬籠
蛇穴を出て暮六つの鐘を聞く
 
六月   四月       
てふてふやかくまで低しかく白し
エイプリルフールかはせみ待ちにけり
薇や三代の影寄り合うて
鳥瞰図広げて四月始まりぬ
円墳を降りくる春の日傘かな
花時の前方後円墳の風
裸婦像の肩越えてくるしやぼん玉
 
七月    軽暖
山の辺に篝火を焚く端午かな
子燕の口たてに開くよこに開く
篝火の丈の八十八夜かな
軽暖の松を離るる鳶の影
松蟬のこゑそろひくる水の面
夕風のつのるや朴の花の数
軽暖の金環蝕の林かな
 
八月   鱧の皮      
竹林といふしづけさに六月来
青竹の風がたふとし鱧の皮
雀らの松よりこぼれ芒種かな
へうたんの花のつぼみに跼みたる
病葉といふ四五枚の隠れ蓑
捩花の風に吹かるるほどの丈
夕闇に実梅の尻の揃ひけり
 
 九月  風船虫   
一日のはじめしろばなさるすべり
ひと箱の天地無用の大暑かな
隠れ蓑土用の影を広げけり
へくそかづらと一枚の処方箋
底紅は井戸端の花母の花
母くるか風船虫の浮きにけり
夜の秋の音を立てたる花鋏
 
十月    夜長
序の巻の西行花伝夜長し
八海の一海見ゆる踊り唄
風止んで鳴きかはりたる秋の蟬
新しき日本手拭小鳥くる
蟷螂の捨殻枯れを深めけり
影引きて秋の燕となりにけり
てのひらにおく一丁の新豆腐
 
十一月    森の口         
線香の束を解けば小鳥くる
鷗らの秋暑の影や鎮魂
野分だつうすくれなゐの鳩の足
潮の香の強き芒を祭りけり
月渡る名もなき虫が飛んできて
くさびらの襞のあかるき森の口
鵯が鵯を呼ぶ口ひらく
 
十二月     数珠玉 
水草も水草の根も秋気澄む
ころ柿を吊す手許を見られつつ
数珠玉のおほかたは大空のいろ
みあかしをふたつ灯して栗を剝く
座布団をはなるるをみな十三夜
折鶴の千羽のいろも冬隣
見舞状小さき熊手が添へられて