一月 波郷忌 神留守の音に出でたる瓢の笛 おびんづるさまをひとなで七五三 日陰より日向に出づる鴨のこゑ みづうみのひかりの木の実拾ひけり どんぐりをてのひらにおく訃報かな 花枇杷の坂下りてくる薬売 波郷忌のあをき螽と遊びけり 二月 寒 詣 橙に色さしきたる風荒し ときじくのかくのこのみに触れて寒 寒詣旗かけ松をまづ仰ぎ 松過ぎの雨の音聞く夜更けかな みちのくのはんぺんを焼く寒土用 抱へたる湯婆が鳴つて月なかば ささがきの牛蒡をさらす小正月 三月 小正月 畦草を踏みしづめゆく注連貰 遠空の鳶の傾くどんどかな 男の子達どんど団子の枝持つて 畦道を少しく焦がす小正月 街道の名残のいろの寒菫 一椀の柚子茶が熱し餅間 薮入や折鶴ひとつ手渡され 四月 二月来る 鶺鴒のこゑふりかむる初晦日 二月来る細川紙の手触りに 旧正のかほを向けたる烏骨鶏 遅き日の高野豆腐を煮ふくめて 髪切つて雪解雫を潜りけり 啓蟄のうすむらさきの栞紐 白梅の影紅梅におよびたる 秩父嶺に入るひとすぢの蜷の道 番鳥凍解のこゑ洩らしけり 囀りの木となりきつて仰がるる 五月 桜どき 住職の橋わたりくる桜どき 濠端の水明りはた花明り 一舟と擦れちがひたる花の闇 竃に鉄釜を据ゑ日永し 種芋を植ゑたる畝の伸びにけり 空よりも青き小鳥の卵かな 極上の空をたまはる鴉の巣 松籟の真下なりける花筵 突風に寸伸ばしたる松の芯 存分に浴び結界の花吹雪 六月 蜻蛉生る うぐひすのこゑをやしなふ峠口 桜蘂降るや賽銭箱のなか 杉山をひと降りくる春祭 地下足袋が干されぢごくのかまのふた 大空は青を尽くして蝌蚪に足 水底の岩も穀雨の影濃しや 春惜しむバウムクーヘン切りわけて くもりたる眼鏡を拭ふ薄暑かな 栃の木の花の影なり人寄せて みづうみの遠白波や蜻蛉生る 七月 明易し 鳥籠に鳥の影おく薄暑かな 子燕のなかの一等おほき口 緑蔭の映る眼鏡を外しけり 青嵐かうもり傘の骨の数 草笛を吹くまへのかほととのへて えごの花散るウィリアム ・テル序曲 かくも短き十薬の花の丈 鹿の眼に吾の映れる芒種かな めまとひをはらひてきのふ忘じたる 啄木の年譜にあたり明易し 八月 金糸雀 落日は雲の奥なる青胡桃 梅雨に入る卵の殻をひた剝いて 六月の空映りたる忘れ水 梅雨鴉ひらきたる口見せにけり なないろの金平糖や日雷 雨兆す文字摺草の左巻き 麦風に乗つて増えくる夕燕 夕富士の影大いなり麦嵐 夏至の日の金糸雀と手をつなぎたる ふたつの訃金魚の水に屈みけり 九月 夜の秋 梁の木目のしるき南風 天窓の空赤くなる雲母虫 青萱を風わたりくる床几かな 夜の秋玉石垣のひとつづつ 星の数祭囃子を聞きながら こゑかけて猫立ち止まる葭障子 木の晩に立ちてケーナを聞きゐたる 星飛んで呼吸器音のすこやかに 合歓の花散りつぐ山気強くして 仏壇の観音開き今朝の秋 十月 秋 燕 秋燕のかすめてゆきし傘たたむ 傘をたたみて秋水の音を聞く 八ヶ岳全貌が見え椿の実 花豆の花や働く手がとどき 毬栗のあをきままなる枝もらふ 赤松の林の奥や秋簾 牧牛の草を食む音霧迅し 馬の目に映る八月十五日 アルプスの霧晴れてゆく飼葉桶 湧水や二百二十日の音のなか 十一月 帰 燕 潮引いて巖あらはるる帰燕かな 山上にそろふ拍手豊の秋 秋うららひとつひとつの肉桂玉 草の絮飛べばさざなみ集まつて 青鷺の水をうかがふ夕野分 てのひらにをさまるほどの秋蛙 八ヶ岳晴れや南瓜の尻の艶 刈りごろのそろそろ近き蕎麦のいろ 赤い羽根つけていよいよ富士額 月食の金木犀の香りかな 十二月 崖の上 プラタナスからプラタナスまで秋気 末枯るる水かげらふの明るさに 冬近きこと一脚のパイプ椅子 柚子を捥ぐ片手が見えて崖の上 どこを如何さはりても鬼柚子の形 一塊の赤土の照り野分後 おほかたは赤やつつじの帰り花 今朝の冬雉子がこゑをあげにけり 二三歩を戻り確かに鳰のこゑ つはぶきの花茎東牟婁郡