一月 七五三 亀は浮き鯉は沈みて七五三 乳母車厚物咲に折り返す 二の酉の雨粒受くる立烏帽子 青天に先づ捧げたる熊手かな 名の草の枯れて雀の数増えて 臘八のてのひらにおく黍砂糖 荒縄が地べたをすべりくる小春 つつがなきいろの大根畑かな アルプスに雪のくるころ菜を洗ふ 白鳥を見にゆくのみの用事にて 二月 命 日 白鳥をおく流速の水のいろ 一畝の影うつくしき九条葱 忘年のポケットに鳴る虚貝 光りたる鱗一片虎落笛 よく晴れて破魔矢の鈴がよく鳴つて 登四郎が贔屓の花びら餅賜ふ 命日の髭立ててくる寒の鯉 八方に鯉の口ある雪催 夕富士の裾踏んできし松納 みづうみの遠が灯りて小正月 三月 高幡不動尊 不動明王御前の寒鴉 寒晴の爪先揃ふお砂踏 仁王門より山門へ寒雀 木々の名のひとつひとつも寒土用 雀らの頭の数も花の内 飲食の口を開けたる雪催 酢海鼠を嚙み富士山の近く見ゆ 雪折の枝の蕾の紅きこと 雪折のひと枝を挿す疎水かな 栴檀の古実ふたつを寒見舞 四月 日の光 福豆を食ひあましたる眉目かな 旧正の水潜りたる鳰のこゑ 氷消ゆ人差指が触るるより 北窓を開く関東ローム層 ことごとく空の色なり雪間草 きさらぎのこゑよくとほる鳥獣 荒縄の結び目を解く雨水かな 風鐸の音に吹かるる浮氷 垣手入孟宗竹に及びけり 日の光月の光の蝌蚪の紐 五月 両手 山風に一寸伸びて蜷の道 蜷の道根付の鈴が鳴りにけり 草摘むや水辺に近きところより 研ぎあげて彼岸過ぎたる肥後守 水面テのあかり地獄の釜の蓋 翔ぶ鳥の翼の影も花のころ 片栗の花の高さや額づけば 囀りの樹となりきつて仰がるる 鳥の影雲の影過ぎ草芳し エイプリルフール両手が空いてゐる 六月 雀隠れ 山蟻の吹かれ歩きの穀雨かな 柳絮とぶ鳩の羽裏が眩しくて 薇の惚け立ちたる槌の音 手を触るるべからずたんぽぽの絮毛 五寸釘浮くや地獄の釜の蓋 昨夜の雨残れる雀隠れかな 蹴躓く花海棠の明るさに 地を浮きて根の走りゐる別れ霜 やうやつと風のをさまる蟻の道 湧水の音の奔れる吹流し 七月 薄暑光 水分(みくまり)の石ひとつおく時鳥 霊峰の頂が晴れ代田水 畦草の刈り伏せてある幟かな 苗代にひとりあそびの男の子 空堀の埃曳きたる瑠璃蜥蜴 玉入れの玉の逸れたる薄暑光 小満の銃口はまづ天へ向く 竹皮を脱ぎてはひとを隔てけり 竹林に男の入る走り梅雨 白樫につづく椹の木下闇 八月 明易 磐座の面テの白き走り梅雨 あぢさゐの縁のいろ濃き塗香かな 湿布替へ青芦に風渡りゆく 萍の偏りゐたる人恋し 犀川のさざなみのいろ青杏 焙烙に火の回りきし麦の秋 夏桑の四五本の影加賀棒茶 空瓶に空瓶触るる音や夏至 籐椅子や虫籠格子に灯が入りて 山国の湯の香が強し明易し 九月 小諸にて 雨音の繁き狐の剃刀よ 百日紅幹のもつとも濡れゐたる 水草の根の明るうて一夜酒 夏つばめ増えくる空の青くなる 山峡や夏菊の黄のひとついろ ひと筋の畝が伸びゆく祭前 水中の日向日蔭も土用中 土用干虚子の句日記など読みて 蝋燭の芯の直立夜の蟬 髪の根を風吹きとほる夜の秋 十月 野分前 滴りの滴りとなる音を聞く 水草の花に映れる空手かな 海野宿軒のつばくろ三番子 鳥籠の鸚哥の影も秋近し 蜻蛉の打つたる水や硬かりし 萱を綯ふ手元が見えて涼新た 奉納の地酒一升在祭 ライターの炎が伸びて野分前 一通の戸籍抄本桐は実に 小海線降りたる夜の鶏頭花 十一月 宵闇 秋燕の数を仰げる旗日かな 簷下の三間余り胡麻を干す 胡麻叩く祖母(おほば)にくわつと射す山日 宵闇の枝を広げて桂の木 灯されて見ゆる雨筋秋彼岸 秋彼岸明けたるいろの藻塩草 まだあをき榠樝の尻の雨雫 初嵐叺の耳が立ちにけり いちじくのうすくれなゐや加餐せよ くさびらのどれも食へさうにはあらず 十二月 刺羽 砂糖黍畑は風の高さにて 刺羽二羽見えて潮目を濃くしたる 雲切れて夕風の立つ渡り鳥 横浜にて 五句 霜降の埠頭を返す乳母車 中潮や木斛の実に手が届き つぎつぎと鯔が飛んだる万国旗 潮鳴りをかたへに後の更衣 人形のこちら向きたる秋の暮 潮さしてきし川波や十三夜 科の木の宿木の数冬隣