2020年  藤本美和子

一月  鱲子

菰巻の藁の香が濃し物詣
万両のいろ千両におくれけり
父がさす傘のうちなる七五三祝
柊の花の影まで戻りけり
短日の目が合ひにけり閻魔さま
柿落葉拾うて矢立はじめの地
繊月の西空にある浮寝鳥
 高幡不動尊「鳥追ひの鷹」
伝左甚五郎作冬の鳥
極月の旧街道の鏝絵かな
鱲子の干してにほへる避寒宿

二月  寒白波 

白鷺の水に映りし初景色
寒に入る野鳥図鑑の表紙かな
鳥声や冬青草を輝かせ
寒晴の正面にくる鳥のかほ
小寒の空に精しき熊の棚
この森の鳥の話を寒見舞
ボールペン替へ芯の朱雪催
浅間山全景が見ゆ餅あはひ
  笹鳴の顔まで見せてくれにけり  仁喜
笹鳴のかほ見せにこよご命日
忌を迎ふ寒白波の眩しさよ

三月  鬼は外        

線香の束に火がつく冬の鵙
金樏と野兎の足跡と
冬鵙の向き変へてこゑをさめけり
左義長の煤降りかかるコップ酒
三寒の封書四温の葉書かな
ほほざしや木端拾ひの人見えて
わざをぎのこゑそろひたる鬼は外
鳴り龍に少し開けおく春障子
手を濯ぎ口を漱ぎて春浅し
あをぞらのゆきわたりたる水草生ふ

四月  半旗    

あたたかし沓脱石を筆頭に
金縷梅の花のことなど郵便夫
上枝より下枝に移る鳥の恋
霜除けをとる晦日の藁埃
切り岸を鳥の歩みて春やすみ
うすらひのほかなる山の水の音
公魚のよくあがる日よ風痛し
三月の小学校の半旗かな
日の入りの丈揃ひたる花木五倍子
スキップの腿高くせよ入学児

五月  木苺の花 

山水のあまくたふとし春疾風
吹き晴れて富士あらはるる彼岸かな
片栗の花のをはりや雨激し
城跡の起伏が定か四月くる
空堀に橋をわたせる夕桜
雀らの一樹につどふ仏生会
蚕豆の花にかがむは兄妹
木苺の花や雨降る音を聞く
墓原に焚く炎見ゆ春の暮
日が西に傾く春の鴉かな

六月  常磐木落葉 

春泥をひと跨ぎして人忘ず
籠り居のひと日ひと日の藤の房
花冷の消毒液のにほひかな
みどりさす糯米を磨ぐ音のなか
蚕豆の湯気あげてゐる蟄居かな
短編の推理小説古茶新茶
朗読は市原悦子みどりさす
二三日過ぎたるころの樟落葉
まつさらな音を立てたる小判草
掃き寄せし嵩の常磐木落葉かな

七月  半夏生      

夕時はにはかに白し半夏生
ひと束のアスパラガスは北のいろ
梅漬けて一夜一夜の梅の艶
かたはらにお薬師さまの羽抜鶏
羽抜鶏素頓狂な声が出て
雨のいろ雨粒のいろ花菖蒲
朝の日に紫が濃し花菖蒲
雨音も梅雨入が近しアイマスク
六月のひとつばたごをまづあふぐ
 悼 鍵和田秞子先生
蒲の穂の一穂高き中有かな

八月 水蠟樹(いぼた)の花     

養生の黒土四万六千日
蒲の穂の脇に積みたる土嚢かな
 勝彦忌
蜻蛉が蜻蛉を呼ぶご命日
風波に風鈴の音逸りくる
雲切れてこゑ澄みてくる夏雲雀
麦の秋風猫の目がのぞきゐて
晴れてきて夏蝶の影三つ巴
郭公のゆふべはひびく屏風岩
朝靄のいろやいぼたの花もまた
いち早く翳る水蠟樹(いぼた)の花の下

九月   盆の家      

風鈴が鳴つていづこへもゆかず
錦鯉見る院長の白衣かな
陶の椅子陶の円卓夏深し
行雲に脚をかけたるあめんぼう
雨あがりさうなるこゑの鴨涼し
かたはらに鯉が跳ねたる夜の秋
ちつきよちつきよと吾に向く虫のこゑ
検温が済むや鶯音を入るる
日の暮は川見るならひ生御魂
石橋の五六歩にして盆の家

十月  おしいつく     

ひとところ草が荒らか二つ星
新しき筆の穂先や星迎へ
水を出て二百二十日の亀の首
みんみんのこゑに後れてつくつくし
夕空の端が明るき葛の花
日の暮のこゑをしみけりおしいつく
雨兆す飛蝗が膝に跳びのつて
ちちははの山河はるけし秋扇
祥月命日九月の妣の空深し
老人の日や肉を食ひ魚を食ひ

十一月   別れ鴉       

自転車の荷台が広し野分あと
笹叢の裾の明るき秋彼岸
墓原に箒をつかふ秋曇り
切り岸の風はたと止む草の絮
芋の葉のおもてがかわく音たてて
出来秋の一段高き堰の水
木犀の金の香りをくぐり古希
川音を聞きに出でたる後彼岸
大川の風より低き秋の蝶
ひとこゑのみじかき別れ鴉かな

十二月  十三夜     

豊年の真鯉のけ反る水の上
椅子二脚川音に向く秋思かな
好々爺大根の葉を鷲掴み
此岸より彼岸へ螇蚸(ばつた)とんで消ゆ
白鷺の脚元しぶく秋収め
かけす鳴く山の中腹より晴れて
閏年産地直送落花生
落葉松に夕日のかかる菊膾
ひともとの禾しろじろと十三夜
連峰の名のひとつづつ冬に入る