句集
第一句集『跣足』:第23回俳人協会新人賞受賞 (1999年7月10日発行、ふらんす堂、2,300円)
作品より 漸寒の板一枚を渡しけり 螽蟖日向匂ひてゐたりけり ひとつまみ塩加へたる寒さかな 菰巻をしてことごとく傾ぎけり 寒声を使ふ始めは低うして めいめいの目の高さなる梅の花 傾いてゐるところより春野かな 帯文より 古格を踏まえた新しさ 本句集の古典的な居ずまいの正しさ、表出された物および物と己の関係の、まぎれもない新しさ。藤本美和子さんが、新時代の確かな新星であることを信じて疑わない。(綾部仁喜)
第二句集『天空』(2009年8月30日発行、角川SSC、2,800円) 綾部仁喜選 逝く春の床几の端を空けたまひ 羽根つきのうしろが空いてゐたりけり 萩刈りし辺りに母を忘れたる 子どもらの水に映りてこどもの日 花びらの失せてをりたる野菊かな 天空は音なかりけり山桜 八朔の風のやうなる胡弓弾き 蓬籠蓬の中に置かれけり 鳴くときの身を浮かせたる秋の蟬 春満月生後一日目の赤子 北向きの父の枕は夕焼けて 母の家の畳を拭きぬ柿の花 蹠は地べたの上や盆休 梟の闇の正面ありにけり 火山灰降つて春の氷となりにけり 帯文より 本書の印象から、作者の生地の川熊野川を想った。穏やかに流れて、然も本流の位相が確かである。作者また俳句の原点に立ち、俳句原則の本堂を歩んでゆらぎがない。ゆったりとした水勢は目下その中流あたりか。充実期の水景が目に鮮やかである。(綾部仁喜)
第三句集『冬泉』:第9回星野立子賞受賞 (2020年9月25日、角川文化振興財団、2,700円) 自選十二句 ねむりたる赤子のとほるさくらかな 裏山のひかへてゐたる雛屏風 イースターホリデーにして橋の上 湖の夕白波や夏祓 夜振火も浦風草もまた吹かれ 身を折りて聴く八月の風のこゑ いちにちのはじめしろばなさるすべり 海中の冥さなりけり蟬の穴 秋蟬のこゑの重なる妣の国 鳥籠の向かうがはなる冬景色 夕刊のたたみてうすき氷点下 先生のこゑよくとほる冬泉 帯文より どこまでも淡彩の平叙の中にふと顕つ異変、それが美和子句の詩であり俳。その微妙に驚くには、読句宜しく平心でなければなるまい。(高橋睦郎) 著作(構築中・しばらくお待ちください)