2026年
一月
潮さして川のふくるる寒見舞
「泉」平成二十三年四月号発表の句。『現代俳句文庫70
藤本美和子句集』に「天空以後」抄として収めている。この年の春、私は副主宰の任につくことになった。そして三月には東日本大震災のあった年。身辺だけでなく、なにかと変化の大きかった年である。
川は隅田川である。江東区にある芭蕉記念館で泉の例会が行われていた頃で句会の前には必ず川を見に出かけた。記念館の裏木戸を抜けるとすぐに大川、つまり隅田川に出る。東京湾にそそぐ大川は満潮時には一気に水嵩が増す。「潮入川」と詠んでもいいのだが、あえて愚直に「潮さして川のふくるる」という写実の叙法をとった。ものに即する手法である。このフレーズは即座にできたが、季語には悩んだ。川べりの遊歩道には寒椿なども咲いている。植物季語ばかりか、どんな季語を取り合わせても成り立ちそうだ。「寒見舞」という季語に到った経緯は不明だが、当時の私の心には叶う季語であったことだけは確か。季語がぴたりと決まったときの快感があった。体操競技でいえば着地が決まるとでもいおうか。俳句は「打坐即刻のうた」である。ただ「打坐即刻」の場面に遭遇する一瞬、季語がひらめく瞬間、そのどちらにも縁がある。縁は一瞬間のものだが感動は永遠。縁に感謝する心だけは忘れないでいたい。
『藤本美和子句集』及び『冬泉』所収。